小噺│21:58

几帳面に片付けられた自室で、南雲はテレビと兼用しているパソコンを操作していた。
かちゃかちゃと打ち込まれるのは、新聞部で使う記事の原稿だろうか。
時折パソコンの横に置かれた資料に目を向けながら、手元のキーボードに打ち込み続ける。


「ふふふ、」

突然南雲が笑い声を上げた。
よく見ると、南雲の頭にはヘッドフォンが装着されている。
そのヘッドフォンから漏れ聞こえてくるのは、南雲の友人である小西と、その小西の友人の森の声だった。


「そんなわけだから、真也さんに七不思議の集会の語り部をお願いしたいんだけど…」
『おん、ええよー。聞き役一人に語り部が俺含めて七人な。
了解了解、俺のとっておきの話で怖がらせたるわ』
『むしろ真さんのことだから、怖がらせる前に自分が怖がっちゃうんだろ。
この前だってホラー映画で泣きべそかいてたじゃん』
『ちょ!ほづー、それは言わない約束やんかぁ』
「ふふ、本当二人は仲がいいねぇ」

くすくすと笑みを零しながら会話を続ける三人。
しばらく話を楽しむとそれじゃあね、と声を掛け、頭に掛けられたヘッドフォンを外した。
外したヘッドフォンを机の上に置き、一度背伸びをする。
こきこきと首を鳴らし、水を飲むためにソファーから立ち上がった。


「これで語り部六人は決まった。後は七人目と聞き役だけど…」

冷蔵庫に入ったミネラルウォーターを取り出し、口を付けながら思案をする。
最悪、七人目の語り部は自分がすればいい。そうなると問題は聞き役だけか−−

そう頭で考えを巡らせながら、南雲はふと窓の外を見た。
中途半端に閉め忘れたカーテンの隙間から覗くのは、暗闇が広がる夜空。
まばらに星が瞬き、わずかながらに夜空に彩りを与えている。
そしてそのわずかに光る星と比例するように、その強い輝きを主張するのは、紅く色づいた満月だった。


「そうか…今日は満月だったんだね」

カーテンを開いて空高い月を見上げる。
毒々しく輝き放つ月明かりに、何故だろうか。妙に胸騒ぎを感じるのは。


「なにか…悪いことが起きる前兆じゃなければいいんだけど」

月を眺めながらぽつりと呟く。胸のざわめきは消えることはない。


−−シャッ

南雲は嫌な予感を掻き消すように、カーテンを閉めた。
もう、あの月は見えない。いや、見たくはない。

そしてそのまま、南雲は部屋の壁に飾られているコルクボードの前に足を進めた。
そこには、今まで友人などと撮った写真が貼り付けられている。
その中の一枚に指を据え置きながら、南雲はくすりと笑みを浮かべた。
それは、今年度になってから商業科の仲のいい面子で撮った写真。
写真の中では南雲や友人、尊敬する先輩や新入生である後輩が笑顔で各々ポーズをとっていた。
その写真の端に写る、緊張のせいかややぎここちない笑みを浮かべた人物に指を添える。


「…やっぱり、聞き役には彼が一番的確かな。
存分に怖がって、いい感想を聞かせてよ。


−−××?」



ニィ、
南雲の口元が、歪んだ笑みを作り上げた。


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