小噺│07:45

−−ダムダムダム…

朝の体育館に、ボールがバウンドする音が響く。
それと同じくして聞こえるのは、よく整備された床を走り回る、キュッキュッというバッシュ音。
一人の少年が体育館のコートを自在に動き回り、バスケに勤しんでいる。


−−ダムダム…ダッ

少年が投げたボールが、長い曲線を描いて遠くあるリングへと向かう。
ボールは真っ直ぐにリングへと向かい、空中に綺麗な弧を作り出した。
そして吸い込まれるかのようにリングへと入る。


「ナイスシュート!」

ボールがリングへと吸い込まれた瞬間に、かけられた言葉。
コートの中の少年は滲む汗を手で拭いながら、声のした方へと目を向けた。


「有紀か…」
「ふふ、あさくにお疲れ様」

南雲に手渡されたスポーツドリンクを受け取り、口を付けた。渇いた身体に水分が染み渡る。
半分ほど飲み干したところで、南雲が柔らかな笑みを浮かべながら声を掛けた。


「しかし流石はあさくにだね。バスケ部員でもないのに、綺麗なフォームだったよ。
…バスケ部のキャプテンが惜しがっているのも、分かる気がするなぁ」
「まあバスケは好きだけど、身体的な問題があるからな。
それに俺には水泳があるし」
「確かに、水泳部期待のエースだものね」
「それにしても…」

不意に間藤が口を紡ぐ。先ほどの友を見る目とは違う、探るような瞳を南雲に向け、問うた。


「こんな朝早く、お前にしては珍しいな。なにか頼み事でもあるのか?」
「ふふ、あさくににはお見通しだったみたいだね」

ニィ、南雲が笑みを深める。
間藤はその姿を無感情に眺めながら、何年の付き合いだと思ってるんだ、そう言い放った。
その言葉になるほど、と納得し笑みを和らげ、次の言葉を口にする。


「あさくににさ、怖い話をしてもらいたいんだよ。
学校の怖い話にはプールの怪談が付き物でしょ?なにかいい話知らない?」
「ああ、例の特集ってやつ」

うんそう、微笑みながら肯定する南雲。
そんな南雲の姿を見やり、少し考えてから間藤は尋ねた。


「俺は別にいいんだけどさ。お前が怖い話の記事を書いても、怖いってことを伝えられるの?」
「そこなんだよねえ…」

困ったように眉根を寄せた。

南雲は怖い話や不思議な話を好む。
それゆえにその類のものを常日頃読み耽っているせいか、一般的な”怖い”という感情が麻痺していた。
はたしてそんな人間が怖い話を聞いて、読者が共感できる内容の記事を書くことが出来るのだろうか…
それが間藤には気がかりだったのだろう。


「そこについては今いろいろ考えているんだ。
記事自体は自分が書いて、感想を誰かに任せるのが一番いいと思うんだけど…」

南雲もそのことについては重々承知のことだった。
だからこそ、なにかよい案はないかを模倣している最中だったのだ。
しかし、現新聞部にはその感想を任せられる者が存在しない。


「この子なら、っていう子ならいるんだよ。こういう話が苦手そうな子がね。
ただ、その子は新聞部じゃないからさ」
「じゃあ諦めてお前が書くしかないんじゃないのか?」
「いや、」

南雲が意味深に言葉を切る。
そして今まで以上ににこりと口角を上げ、嬉しそうに口を開いた。


「その子ならちょっと強くお願すればやってくれそうだし。近い内にでも声をかけてみようかな、って」
「なんか…可哀想だなそいつ」

まだ見たこともない、南雲の手によって聞き役にされるであろう人物に、つい憐れみの情を向けてしまう。
まあ、精々頑張れよ。本人にはけして届きはしないエールを送り、間藤はふう、とため息をついた。


「それじゃあ近い内、あさくにには集会で怖い話をしてもらうことになると思うけど。
記事は自分が書くから、怖い話の内容は教えてね」
「ああ、後でメールでもするよ」



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