小噺│15:32

誰もいないはずの空き教室に、二人の男子生徒がいた。
まるで誰にも聞かれたくない話をしているかのように、身を寄せ合ってぼそぼそと声を掛け合う。


「本当にいいんですか、有紀さん?これ、やばいヤツなんでしょう?」
「うん…解決策は見つからないかもだけど、どうにかはしてみるから。だからにった君、早く送りなよ」
「……分かりました」

にった、と呼ばれた少年が渋々とした態で手にしたスマートフォンをいじる。
すぐに南雲の持つスマートフォンが瞬き、メールが一通届いたことを伝えた。


「これでにった君はもう大丈夫なはずだよ。後は自分に任せて」
「本当にありがとうございますー」

不安そうだった顔を綻ばせ、顔をくしゃくしゃにした笑みを浮かべる。
今までの肩の荷がようやく落ちたのだろう。数ある机の一つに突っ伏し、上目遣いで南雲を見上げた。


「有紀さんのおかげで、今日はゆっくり眠れそうですよ。ホントありがとうございます!
あ、今度何かお礼させてくださいね」
「ああ、それならさー」

手にしたスマートフォンを指で弄りながら、南雲は目の前に座する彼に目を向ける。


「今度、七不思議の集会をするんだけど、それににった君。語り部として参加してよ」
「ええ!俺がですかー?!」

南雲の言葉を聞き、悲鳴にも似た声で叫ぶ。
そんな彼の過剰な対応に、うるさいなぁ。と眉を顰めながら、南雲は手にしたスマートフォンの電源を切った。


「無理無理無理!無理ですよ!!
七不思議ってことは、怖い話を七つも聞かなきゃいけないってことですよね?
俺怖い話苦手ですもん!絶対に無理ですって!!」
「えーでも、」

南雲はそんな彼の姿を見て、困ったように微笑む。
そして手にしたスマートフォンを目の前の彼に見せつけるようにゆらゆらと振り、笑みを形作る口角を歪めた。


「にった君のためにこうして色々してあげたでしょ?これくらいしてもらわなきゃ割に合わなくない?」
「う、それは…」

南雲のその言葉に思わず口ごもる。
それ以上いい言葉を見つけることが出来ず、辺りをそわそわと見渡した。
そんな彼の姿に南雲は目を細める。
先ほどの意地の悪い笑みからいつもの笑みに正し、優しげな声色でそわそわと落ち着かない彼へと声を掛けた。


「それに、その集会にはあさくにも来るんだ。もし何かあっても、あさくにが手を貸してくれるよ」
「え、あさ先輩来るんですか?!」

先ほどの困った顔とは打って変わって、嬉しそうに南雲を見つめる。
その姿に南雲はよく飼い慣らされた犬を連想し、くすりと笑いが零れた。


「うん、あさくにも語り手役として集会に来てくれるんだ。それだったらにった君も来てくれないかな?」
「んー…怖い話は嫌ですけど、あさ先輩が来るなら行きます!」

思っていた以上の食いつきぶりに驚きながらも、ありがとうと声を掛けた。
目の前に佇む犬のような後輩は、ニコニコと大好きな先輩を想い微笑んでいる。


「日取りが決まったら連絡するね。それじゃあにった君、またね」
「はーい、分かりました。あ、そうだ有紀さん!」

教室から出ようとした南雲を引き止め、彼は口を開いた。


「何度も言うけど俺の名前は”あらた”ですって。
”にった”もあだ名としては美味しいんですけど、その名前で呼ぶなら”に”にアクセント付けて
”にった”って呼んでください。
そこ大切なとこなんで、ちゃんと覚えててくださいね!」



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